戦後横浜野毛界隈 nogelog

大正生まれが野毛界隈を語る。

極道と交番

 昔の極道は、良民をこまらせることはしなかった。親分の厳しいシツケにより、堅気の衆には手を出さなかった。竹さんの交番の管内には、当時関東一といわれていた大親分がいた。巡回連絡に行くと「交番の旦那方と対等に口を聞ける身分でない。」と言い。応対は常に美女の二号があたり、いわゆる姉さんも顔を出さない。交番にくる若い衆は、犯罪歴のない者が当てられており、どんなことがあっても交番の顔を潰すことは許さないというのが、若い衆に対する厳しいシツケであったようだ。あるとき、竹さんの交番の管轄外の歓楽街で、通称を金という兄貴が酒に酔い、土地の極道と喧嘩となり、その町を管轄する交番の勤務員が数名がかりで制止しても手が付けられない。本署から竹さんの勤務する都橋の交番にジープで迎えが来た。竹さん達が迎えのジープで現場に行くと、身の丈二メートル近い長身の金が上半身裸になり、背中に背負った緋鯉を踊らせて、あたりを睨んでいる。竹さんはジープから降りて「金ッ!、静かにせいッ!」と一喝した。血ばしった酔眼が竹さんの顔をジッと見た。そして、ニコッと寂しそうに笑い、「すみません」と言って静かに連行に応じ、模範囚のオツトメをした。だが、たけ竹さんが金の顔を見るのは、そのときが見納めだった。金はオツトメを終った日に内部抗争の銃弾に若い命を散らしたのだ。
(補)この極道だか命を狙われたこともあったらしいが、大親分の兄弟分=おじきが同郷の後輩だと一言言って助けてくれたこともあるらしい。(伊奈正人)、
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