戦後横浜野毛界隈 nogelog

大正生まれが野毛界隈を語る。

鉄火場の防御体勢

 鉄火場の手入れをはじめて体験した竹さんは、鉄火場の防御体勢に驚いた。表の入口は三段階に固め、それぞれ見張りが置かれているのだ。裏側は猫でも登り降りできそうもない険しい崖であり、更に有刺鉄線を張り巡らせて、何人の出入りも許さない体勢だ。外側の防備は、この位だが、家の中の防備には驚かされた。柱にロープが結わえてあり、警察に踏み込まれたときに、そのロープを引くと、鉄火場の屋根がパッと左右に開き、屋根伝いに逃げられるようになっていたのだ。手入れのときの博徒の行動は目を見張る程すばしこかった。彼等の鉄の掟がそうさせたのか、手入れのとき、警察官の「それまでだッ!」の声に、柱のロープがサッと引かれた。同時にパッと開いた屋根に飛び付いて逃げようとする堅気?の客人達、それを逃がそうとして警察官の前に立ちふさがる博徒達、その光景は、さながら映画の四十七士の討入りシーンそのものだった。堅気の客人は必ず守らなければならない博徒の掟を守りきれずに、堅気の客人を逮捕されたためか、その鉄火場はたちまちつぶれてしまい、身内は、ちりぢりとなり、それぞれ堅気になったとのことだ。それにしても、あの要塞の攻撃によく成功したものだ。 f:id:nogelog2014:20140902112717:plain        

崖下の鉄火場つぶし

 竹さんは、交番の管内にある鉄火場と言われていた博打場二つを交番だけで行った手入れに参加した。指揮者は方面担当の巡査部長だ。明日の午後四時に隣接署の空き交番に、完璧な変装をして集合するように指示された。翌日の指定時間になると、隣接署の空き交番は異様な風体の若者で一杯となった。指揮者は、梯子一、鉄線切りクリッパー一を用意していた。指揮者は人員を数組に編成して、三三五五バラバラになって野毛山公園に移動するように指示した。竹さん達が「なにするのか」といぶかりながら野毛山公園に集合したとき、はじめて野毛山の崖下にある鉄火場の手入れをすることがつ 告げられ、それぞれ綿密な役割分担を指示された。人員を甲隊と乙隊の二隊に分け、甲隊は見張りのいる表から、乙隊は険しい石垣の崖に守られていて、見張りのいない裏側から突入を指示された。裏側の崖上は幅一メートル程の狭い道があり、有刺鉄線が張られている。まず、乙隊が崖道を包囲し、クリッパーで鉄線を切り、崖に梯子を掛けて音もなく鉄火場に入り、盆茣蓙をグルリと取り巻いた。その瞬間、指揮者が「それまでだッ!」と一喝した。そのとき、表で「マッポウッ!」と血を吐くような見張りの悲痛な声が聞こえた。手入れの役割分担は完璧だったので全員逮捕し、証拠品も押収して手入れは成功した。   
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美女の死体は生きていた

 クリスマスの早朝、「伊勢山皇大神宮裏参道で若い女が死んでいる」と届出があった。管轄違いだが、死んでいるというのでは一大事だ。竹さんは、本署に報告して同僚四人と現場に駆けつけたところ、皇大神宮裏参道の階段に真っ白いドレスを着た美女が両足を開き、仰向けに倒れている。竹さん達は女性には手を触れず、現場を立入禁止にして管轄署員の到着を待った。間もなく管轄署の当直主任が刑事、鑑識などの殺人事件対応のスタッフを連れて到着した。竹さん達は、「ご苦労さんです。」と業界用語の挨拶をして引継いだ。当直主任の警部補は、「ヤラレテないか。」と言ってドレスの裾をめくって覗き込み、「ノウパンだ。」と言ったとき、なんと、美女の股間はシュウッと高く潮を吹きあげ、警部補の顔はビショ濡れになった。警部補は、「ヒャーッ、生きてるじゃネェか。ションベンかけられた。」と言って、手袋をした両手で顔を拭いた。竹さん達はクックッと必死で笑いをこらえ、現場を離れた途端、堰を切ったように爆笑した。それにしても気の毒だったのは管轄署員だ。おかしくても笑えず、死ぬ思いで笑いをこらえただろう。美女は米軍のクリスマス・パーティで泥酔した近所に住む夜の女だつたが、死体に見えたのが幸運だったわけだ。もし、ほっとかれたなら本物の死体になり潮も吹けなかっただろう。
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ストリップ・ショウの取締り

 敗戦後、わが国の性風俗は、アメリカ映画の輸入などで戦前の厳格さが消えて、なにもかもアメリカのマネをした。それは、映画界から始まったように思えた。その後、舞台に額縁を設置して、全裸の美女がその中に入り、ポーズをとってジッと立ち、あたかもヴィナスの絵のように見せる額縁ショウが現れた。わが国の男達は、その美しい姿にウットリさせられた。横浜国際劇場でもそのショウが上演されたが、「わいせつ性」がないということで、取締りはしなかった。ところが、堂どうの裸踊りが小さな仮設劇場で行われるようになり、益ますエスカレートして放っておけなくなった。竹さん達数名の交番勤務員が署長室に呼ばれ、写真を撮影して検挙するように命じられて入場料金を渡された。竹さん達は内心ウキウキしながら切符を買って薄暗い粗末な劇場に入った。
 舞台の上では、盲腸手術の傷跡のある丸裸の女性が二枚のお盆で秘密の部分を交互に隠しながら踊っている。テンポの早い音楽にあわせて、お盆の速度が速くなると秘密の部分は丸見えとなり、観客は喚声をあげる。なかには手をのばしてさわろうとする者もいる。ところが、検挙のサインが出ない。どうしたのかと聞くと、お盆の速度調節が巧妙で写真が撮れないというのだ。結局、たっぷりサービス?されて終った。相手の方が一枚上手だったということか。?
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台風と交番

 テレビがなかった頃は、ラジオが最も早い情報源だ。台風が発生すると、その大きさと進行方向、風速などはラジオで次つぎと報じられる。その頃は、ラジオのない家もあるので、ラジオのある家は近所隣の人びとに台風情報を伝えた。戦争中の空襲で家を失った人びとは、仮に作った急拵えの粗末な小屋に住んで居たため、強風で家を飛ばされないように家の補強に大わらわとなる。
 長い間の戦争で働き盛りの男手を失った家もかなりあった。台風警備も警察の仕事であるため台風情報と警備上の指示は、本署から交番に頻繁に伝えられる。交番勤務員は、ゴム合羽とゴム長靴を履いて巡回し、大声で台風情報を伝えて歩き、補強の弱い家には補強を指導し、男手のない家には手を貸してやる。崩れそうな崖下の家は特に平素から把握しておき、緊急時には漏らさず巡回をした。台風時の巡回中に老婆と二人の女の子ばかりで家の補強ができず、飛ばされそうな家の扉を三人で押さえて震えている一家を見て補強してやり、竹さんは、永く感謝された。台風が通過すると、被害状況を把握して本署に報告しなければならない。台風時の野毛の住人は、こうしてズブ濡れで一睡もせず、力をあわせて強風豪雨のなかで、ただ夢中で過ごした。
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極道と交番

 昔の極道は、良民をこまらせることはしなかった。親分の厳しいシツケにより、堅気の衆には手を出さなかった。竹さんの交番の管内には、当時関東一といわれていた大親分がいた。巡回連絡に行くと「交番の旦那方と対等に口を聞ける身分でない。」と言い。応対は常に美女の二号があたり、いわゆる姉さんも顔を出さない。交番にくる若い衆は、犯罪歴のない者が当てられており、どんなことがあっても交番の顔を潰すことは許さないというのが、若い衆に対する厳しいシツケであったようだ。あるとき、竹さんの交番の管轄外の歓楽街で、通称を金という兄貴が酒に酔い、土地の極道と喧嘩となり、その町を管轄する交番の勤務員が数名がかりで制止しても手が付けられない。本署から竹さんの勤務する都橋の交番にジープで迎えが来た。竹さん達が迎えのジープで現場に行くと、身の丈二メートル近い長身の金が上半身裸になり、背中に背負った緋鯉を踊らせて、あたりを睨んでいる。竹さんはジープから降りて「金ッ!、静かにせいッ!」と一喝した。血ばしった酔眼が竹さんの顔をジッと見た。そして、ニコッと寂しそうに笑い、「すみません」と言って静かに連行に応じ、模範囚のオツトメをした。だが、たけ竹さんが金の顔を見るのは、そのときが見納めだった。金はオツトメを終った日に内部抗争の銃弾に若い命を散らしたのだ。
(補)この極道だか命を狙われたこともあったらしいが、大親分の兄弟分=おじきが同郷の後輩だと一言言って助けてくれたこともあるらしい。(伊奈正人)、
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なめられた交番

 当時の交番には、自転車が一台しかなかった。だが、町の人びとは交番を我が町の交番と考えていたので、町内会から交番名を付けた新品の自転車二台が贈られた。ところがあるとき、その自転車を盗まれてしまった。方面担当の巡査部長に報告したところ、「どの面下げて署長に報告できるか、今日中に捕まえろ。」とカンカンである。竹さんは同僚一名と盗品買い専門の古物屋に行き、そっと物置をのぞいてみた。なんと、交番名の付いた自転車二台が並べて置いてある。竹さん達は、「親父どんな顔をするかな?」と話ながら表にまわり、店の親父に「交番の自転車が盗まれたので売りに来たら知らせてくれよな」と言ったところ、ハイハイと二つ返事で了解した。竹さんは、「この狸親父メ」と思いながら、「ちょっと物置見せてくれよ」と言い、シブる親父に物置の戸を開けさせて盗まれた自転車を確認させてから、「親父あるじゃないか、売りに来た奴を教えるまでは毎日張り込むぞッ!」と一喝したら、親父は渋しぶと泥棒の名前を教えたので、その泥棒を捕まえて取調べたところ、先に一台売りに行ったとき、もう一台あるはずだから、もってこいと言われたと白状した。それにしても交番の自転車を盗まれるとは「なめられた」ものだと複雑な思いで巡査部長に報告すると、「今後気をつけろ」と怒鳴られてしまった。
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