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戦後横浜野毛界隈 nogelog

大正生まれが野毛界隈を語る。

黄金町マリア(伊奈正人 2007年1月14日執筆)

横浜に帰省。野毛通りから桜木町寄りまでは、勤め人を集めてにぎわっている。居酒屋、焼鳥屋、中華などの隠れた名店がある。野毛通りから自宅寄りになるとグッと寂れている。しかし、競馬のある日はにぎわっている。最近は携帯で馬券を買う人が増えたとかで、むかしほどのにぎわいはないが、午後ともなると一儲けした人びとがぞろぞろと遊び場に向かう。通勤ほどの数はないが、かなりの人の流れである。少し前までは、これとは別の人の流れがあった。着飾った万国女性たちである。携帯で話しながら、それぞれの場所に向かう。一斉摘発があってから、そういう人の流れは目立たなくなった。

 この町に生まれて50年、黒沢映画『天国と地獄』にも描かれた日ノ出町、黄金町界隈は、母校である聖母幼稚園への通学路だった。道に落ちてた注射器とかを持って行ったら、捨ててらっしゃいと怒った先生の顔を思い出す。その幼稚園でクリーンアップ作戦(バイバイ作戦)の住民決起大会が開かれたと聞く。それからあとも、花見の時を始め、用事があって、時には興味本位で、その界隈を通過することはあっても、「内側」からそれをみたことはなかった。広岡敬一が、吉原、玉の井、鳩の街、本牧、立川などを、「内側」から撮ったように、この場所を記録できる人が必要だなぁと思っていた。ゼミの学生で、人身売買被害の支援団体のボランティアをし、この街を主題に卒業論文を書いた人がいて、執筆過程でも、そんな話しをくり返した。

 執筆も一息ついたので、パチンコに行き、有隣堂で本をひやかした。横浜の本のコーナーに、この本はあった。著者は、八木澤高明さん。まだ30代なかばである。元は、あのフライデーのカメラマンだったようだが、ネパールなどの取材をして活躍されている。今は、毛沢東主義の取材をしているらしい。詳細は、ホームページをみればわかる。分け入って撮影する眼、とりわけその観察眼は、本書でも遺憾なく発揮されている。

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 南米、東南アジア、東欧の女性たちが客を引く姿、店のなかの様子などが、写真を交えて、描かれてゆく。本文と写真がほぼ半々である。そのなかで、HIVに感染した女性に逢着する。「噂」の取材からはじめて、病気療養中の発疹が顔にできた姿、そしてきれいに死に化粧をした棺のなかの顔も撮影されている。かと思えば、お店の部屋の隅にあった容器に眼をとめる。そこには、小銭が入れられている。いっぱいになると近くのコンビニに募金にいくのだという。

 美談を美化する暇もなく、女性たちの「故郷」を写した写真がならぶ。タイの農村の貧困、家庭の事情などで日本に来た女性の姿。ブローカーが暗躍し、研修組織まであるという噂があった「チェンマイコネクション」などの姿を、写真は写してゆく。さらに、コロンビアのボゴタ他の歓楽街の姿が、写される。殺人が多い地域と言われて久しい。写真は緊張感に満ちている。アジアや南米でも、著者は「内側」に分け入って、写真で記録する。緊張しておびえた表情は、日本の女性の表情と対比されて浮かび上がる。

 野毛山動物園で、子供や配偶者などとくつろぐ各国女性の姿を思い出した。配偶者は同じ国の人の場合もあるし、違う国の人の場合もある。しかし、それも、麻薬のコネクションをつくるための先兵たちなんじゃないかと言うちょっと事情通めかした人たちも、地元には決して少なくない。

  八木澤高明さんは、「内側」からこの街を撮ったのだろうか。それは直ちには判じがたい。しかし、豊富な写真を交えながら、一つの記録が残されたことは、大事なことであるように思われる。