戦後横浜野毛界隈 nogelog

大正生まれが野毛界隈を語る。

竹さん

遊郭の鉄火場つぶし 

交番警察官の働きを署長は高く評価し、遊郭の鉄火場の手入れを命じた。 こんどは竹さん達の交番の管轄外だから、見張りの位置や賭博をやっている開張日を自分達で確認しなければならない。指揮者と竹さんは、鉄火場を見下ろすことのできる隣の郵便局の屋上に…

闇市の鉄火場つぶし 

署長は、闇市の鉄火場の手入れを命じた。その鉄火場は、人足相手の屋台店がひしめく、人足寄せ場のような町にあったので、客は人足ばかりだった。見張りは表と裏にいた。指揮者の巡査部長は、この手入れの要員に柔道選手を選抜した。集合は隣接署の空交番だ…

鉄火場の防御体勢

鉄火場の手入れをはじめて体験した竹さんは、鉄火場の防御体勢に驚いた。表の入口は三段階に固め、それぞれ見張りが置かれているのだ。裏側は猫でも登り降りできそうもない険しい崖であり、更に有刺鉄線を張り巡らせて、何人の出入りも許さない体勢だ。外側…

崖下の鉄火場つぶし

竹さんは、交番の管内にある鉄火場と言われていた博打場二つを交番だけで行った手入れに参加した。指揮者は方面担当の巡査部長だ。明日の午後四時に隣接署の空き交番に、完璧な変装をして集合するように指示された。翌日の指定時間になると、隣接署の空き交…

美女の死体は生きていた

クリスマスの早朝、「伊勢山皇大神宮の裏参道で若い女が死んでいる」と届出があった。管轄違いだが、死んでいるというのでは一大事だ。竹さんは、本署に報告して同僚四人と現場に駆けつけたところ、皇大神宮の裏参道の階段に真っ白いドレスを着た美女が両足…

ストリップ・ショウの取締り

敗戦後、わが国の性風俗は、アメリカ映画の輸入などで戦前の厳格さが消えて、なにもかもアメリカのマネをした。それは、映画界から始まったように思えた。その後、舞台に額縁を設置して、全裸の美女がその中に入り、ポーズをとってジッと立ち、あたかもヴィ…

台風と交番

テレビがなかった頃は、ラジオが最も早い情報源だ。台風が発生すると、その大きさと進行方向、風速などはラジオで次つぎと報じられる。その頃は、ラジオのない家もあるので、ラジオのある家は近所隣の人びとに台風情報を伝えた。戦争中の空襲で家を失った人…

極道と交番

昔の極道は、良民をこまらせることはしなかった。親分の厳しいシツケにより、堅気の衆には手を出さなかった。竹さんの交番の管内には、当時関東一といわれていた大親分がいた。巡回連絡に行くと「交番の旦那方と対等に口を聞ける身分でない。」と言い。応対…

なめられた交番

当時の交番には、自転車が一台しかなかった。だが、町の人びとは交番を我が町の交番と考えていたので、町内会から交番名を付けた新品の自転車二台が贈られた。ところがあるとき、その自転車を盗まれてしまった。方面担当の巡査部長に報告したところ、「どの…

交番のパンツ論争

「お巡りさんは町の裁判官」と言われ、夫婦喧嘩やら犬がうるさいなど日常生活のモメごとは、なんでも交番に持ち込まれる。ある日、巡回から帰った二十歳の巡査が、爺さん婆さんの夫婦喧嘩の仲裁をしてきたが、その原因が馬鹿ばかしいので嫌になったというの…

怪我の功名

酔っ払いと病人の区別は困難だ。両方とも保護の対象だが、病人は病院に連れて行かなければならないのだ。竹さんは、物事を大げさに考える性格なので、結果的に大したことがないと必ず非難される。とくに看護婦さんはキツイ。「こんなの連れてきて馬鹿じゃな…

神をも恐れぬ泥棒

ある早朝、都橋交番に一人の男が駆け込んで来て、「泥棒が伊勢山皇大神宮本殿の銅葺き屋根をはがしている」と届け出た。伊勢山は管轄外だが、そんなことは言っていられない。竹さん達は猟犬のように交番を飛び出した。竹さんを含めて六名程の巡査が一斉に飛…

凶器の隠し場所

昔のパンツは紐がついており、前で結ぶようになっていた。ある夏の日「屋台でチンピラが暴れている。」と交番に駆け込まれた。竹さんが駆け付けたところ、屋台の中で怒鳴り声が聞こえた。竹さんが「静かにしろ!」と一喝すると、「なにィ、ポリ公」と言いな…

棚ぼた

竹さんが、巡回中に立ち寄った桜木町交番から出たとき、錦橋の上で若者が酔っ払いを殴り倒し、上着のポケットを探り始めた。酔っ払いは泥棒、泥棒とわめいている。竹さんは、スッと近付き若者の手を掴んだ。若者は必死で竹さんの手を振り払い、盗んだ紙幣を…

とんまなてがら

竹さん達は泥棒を捕まえるのに夢中だった。このころの竹さんは、出勤前に朝早く自主警らをしていた。ある早朝、いつものように出勤前の警らをしていると、一人の男が古着屋の前で立ち止まった。竹さんは、何かすると直感してゴミ箱の陰に隠れて見ていると、…

大泥棒の悪知恵に学ぶ

悪い奴は大胆で頭もいい。あるとき、竹さんは本署から「大山一郎(仮名)という大泥棒が風太郎の中にいるから、見つけて連れてこい。」と命令された。その男は盗んだ品物を当時の国鉄チッキで桜木町駅に送り、その引換証を売っているとのことだ。手ぶらで歩…

MPの嫌がらせ

おだやか派のMPがいれば、強硬派のMPもいた。占領意識の強い一部のMPは、嫌がらせをした。米兵の嫌がらせはわら笑いながらするから、アメリカ人特有の悪ふざけなのか、本気なのかわからないわけだ。あるとき、使っていない死体焼場の扉を開けたMPが…

MPの親切?

ある日、竹さんは配置巡査部長から、加賀町警察署内にある米軍憲兵司令部勤務を命じられた。任務は、MPジープに同乗して日本人関係事件を処理することだった。拳銃を渡されて直接司令部に出勤し、米軍将校の服装点検を受けたが、拳銃の弾丸を込めていない…

東京帝大出の浮浪者

京浜急行線、日の出町駅東側上の台地の崖に小さな防空壕があり、一人の浮浪者が住んでいた。髪をボウボウとのばし、髭ものびるがままで風呂にも入らず、顔はくすぶっている。その防空壕の前は高台の空地になっていて、そこに立って見渡すと、焼跡に建てられ…

経済取締り

敗戦後間もないころは、経済統制されていない物資はないと言っても言い過ぎでない。警察には経済係という闇物資取締りの専門係があるが、人手不足に加え、闇物資に頼らなければ生きられない時代では、ときどき行われる米軍の一斉取締りに協力するのが精一杯…

デンスケ賭博師のハイカラ老人

野毛の町に一際目立つ奇怪な老人がいた。名前を知る者は仲間内にもおらず、「じいさん」でとおっていた。噂では、十六歳位の美しい女房がいるとのことで、そのためかろうじん老人のみなりは、かなりハイカラだった。白髪頭に派手なサラサ模様のスカーフで鉢…

浮浪児たぬき

終戦後間もない野毛の町には、戦争で身内を失い、天涯の孤児となった少年がいた。「たぬき」も、その一人で愛くるしい男の子だった。「たぬき」という呼び名は子狸のように可愛かったので露店の人がつけたのだろう。年齢は六歳位だったか、ボロをまとって露…

手信号巡査

交番勤務一ヶ月で竹さんは交通巡査を命じられた。戦争中、米軍の横浜大空襲で焼け爛れた信号機の柱があちこちの交差点に立っており、動いている交通信号機は一つもなかった。占領後の米軍は、日本警察官に手信号をさせることで信号機に代えた。手信号の指導…

恐縮で始まり謝罪で終わる職務質問

交番勤務は、「立番、巡回、休憩」の繰り返しが基本だ。その目的は、管内住民の安全を図ることだから犯罪人の検挙が第一の要件となる。だが、その手段である職務質問は、「見えないものを見る」神業的技術が必要なのだ。職務質問ほど『正義感と、やる気』を…

暴力米兵対都橋の竹さん

竹さんの一生で死刑を覚悟したことが一回だけある。それは、二十三歳の夏のことだ。巡回をおわって交番の前までくると、交番の頑丈な外開きの扉が閉まっているのだ。ガラス越しに中を見ると、米兵がわめいており、同僚は相手が相手だから、消極的である。竹…

竹さんの変身

体験は人を変える。検挙した犯人を取り返された悔しさは、おとなしかった竹さんを百八十度変えてしまった。いや、変えられてしまったと言った方が正確かも知れない。善良な住民を守るべき警察官が倶利伽羅紋紋の入墨に恐れおののいてどうするか。この自責の…

弱気の失敗

新米巡査は、どこか間抜けな顔をしているのか、デンスケという街頭博打をしている極道も新米巡査が通りかかっても馬鹿にして止めようとしなかった。竹さん達四人の新米巡査は、デンスケを捕まえて交番に連れて行く途中、うしろから「やい、てめェら、なんで…

 [竹さん]功労者転じて間抜け野郎

交番に勤務して一週間程すぎたころ、伊勢佐木町三丁目の質屋に二人組の強盗が押し込み、現金二万円を奪って逃げた事件がおこった。独身寮にいた竹さんたちは、すぐ呼び出された。署長は細かい指示をして張込み場所に竹さんたちを配置した。桜木町駅に配置さ…

はじまり

この噺は、房総の一農村に生まれ、貧しい生活をおくりながらも家族の愛につつまれて、ノンビリと成長した若者が、戦後の混沌した時代に、米軍占領下の横浜の警察官になり、東洋のカスバといわれた野毛の闇市を管轄する交番に勤務し、ののしられ、こづかれな…