戦後横浜野毛界隈 nogelog

大正生まれが野毛界隈を語る。

交番のパンツ論争

 「お巡りさんは町の裁判官」と言われ、夫婦喧嘩やら犬がうるさいなど日常生活のモメごとは、なんでも交番に持ち込まれる。ある日、巡回から帰った二十歳の巡査が、爺さん婆さんの夫婦喧嘩の仲裁をしてきたが、その原因が馬鹿ばかしいので嫌になったというのだ。「いったい、なんなんだ、それは」と聞いたところ、「まあ聞いてくれよ」と話しだした。巡回中に怒鳴り声が聞こえたので、どうしたのかと、その家に入ると、爺さんが「お巡りさん聞いてくださいよ、うちの婆さんは夜寝るときパンツを履いて寝るんですよ、そんなのありますか」と言い、婆さんは「何言ってんのよ、私だって冷えるからパンツくらい履きますよ」というのが原因だったとのことだ。同勤者一同は、笑いながら「それでお前どうしたんだ」と聞くと、二十歳の巡査は「爺さん、今は時代が変わったんだ。今の女は腰巻なんかしてないよ。みんなパンツ履いて寝るよ、爺さんが悪い。婆さん叩いたりすると暴行罪でショッ引くぞッ!」と一喝して納めてきたとのことだ。それから交番で「夫婦は寝るとき、妻はパンツを脱いで寝るのが常識か」という論争がしばらく続いたが、愚かな論争にたまりかねた交番長に「うるさいぞッ!いいかげんにしろッ!脱がせる楽しみもあるだろうがッ!」と一喝されて、ようやく納まった。

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怪我の功名

 酔っ払いと病人の区別は困難だ。両方とも保護の対象だが、病人は病院に連れて行かなければならないのだ。竹さんは、物事を大げさに考える性格なので、結果的に大したことがないと必ず非難される。とくに看護婦さんはキツイ。「こんなの連れてきて馬鹿じゃない?」という調子だ。だが、竹さんは、これを正しいと頑固に思い続けた。ある日、竹さんが巡回中、一目見て風太郎とわかる若者が道路に倒れてうめいていた。道行く人びとは酔っ払いが倒れていると思ってか見向きもしないで通りすぎる。竹さんは、病人かも知れないと持ち前の大げさな判断をして救 急 車を呼んで警友病院に収容した。竹さんは、そのとき、ただの酔っ払いなら医師や看護婦などに非難されるだろうと内心考えたが、そのときは、そのときで「よかった、よかった」とトボケようと思った。ところが、その若者は腸捻転だったので、緊急手術の結果、一命を取り留めた。病院で身元を確認したところ、家出中だったが、金持ちの家庭の次男だったので探していた家族のもとに帰ることができた。喜んだ家族が署長宛てに礼状と金一封を送ってきたので、竹さんは人命救助で表彰され、当時としては、かなり多い額の金一封を頂いた。その後の竹さんの大げさ判断は、非難と笑いをうけながら、はずみをつけて、いつまでも続いた。
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神をも恐れぬ泥棒

 ある早朝、都橋交番に一人の男が駆け込んで来て、「泥棒が伊勢山皇大神宮本殿の銅葺き屋根をはがしている」と届け出た。伊勢山は管轄外だが、そんなことは言っていられない。竹さん達は猟犬のように交番を飛び出した。竹さんを含めて六名程の巡査が一斉に飛び出したので届け出人はアッケに取られていた。竹さん達は野毛通りを駆け上がり、伊勢山の表参道と裏参道に分かれて駆け付けたので泥棒に逃げ道はない。当時の警察官は戦争体験者ばかりだから、こんな行動は自然に行われた。しらじら明けの境内は静まりかえり、ただ、バリバリと銅板をはがす音だけが聞こえる。竹さん達は立ち入り禁止の柵を乗り越えて本殿の裏にまわったところ、はがした銅板を丸めて束にしたものが三個程、地面に落してある。見上げると屋根の上に三名の若者の頭が見える。  「オイッ!神様のバチが当たるゾッ!降りて来いッ!」と一喝すると、キョトンとした顔が三つ屋根の上に並んだ。シブシブ梯子で降りて来た若者に、銅板の束を背負わせ、捕縄でつないで意気揚ようとひきあげた。当時の巡査は捕縄という犯人を縛る細い麻縄だけが渡されており、手錠は自分で買っていたので、手錠のない者もいた。それにしても、この事件で神社は大変な被害だったと思うが、泥棒にバチが当ったという話は聞かない。


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凶器の隠し場所

 昔のパンツは紐がついており、前で結ぶようになっていた。ある夏の日「屋台でチンピラが暴れている。」と交番に駆け込まれた。竹さんが駆け付けたところ、屋台の中で怒鳴り声が聞こえた。竹さんが「静かにしろ!」と一喝すると、「なにィ、ポリ公」と言いながら、一目見てポン中ヒロポンという覚せい剤中毒者)とわかるパンツ一枚のヒョロヒョロ男が屋台から出て来た。竹さんは、男がパンツ一枚のため凶器を持っているとは思わなかった。ところが、男が右手をうしろにまわした途端、パンツの中からキラリと光る包丁を取り出して竹さんの腹をめがけて突きかかった。竹さんは咄嗟にうしろに飛び退きながら、両手で男の手首を掴んだ。男が手首を必死で動かすと、包丁の先が竹さんの腹スレスレに上下左右する。竹さんは夢中で男の手首を押しながら捻り潰し、包丁を取り上げて逮捕したが、後で竹さんは、「いきなりだったから逮捕できたのであって、身構えられたら、拳銃を使っただろう。お互いに無事でよかった。それにしても男は、パンツの中に包丁を入れて、よく尻を切らなかったものだ。」とおも思った。それからの竹さんは、紐のパンツと怖いもの知らずのポン中を警戒した。また、命拾いをした竹さんは、いつもサボッテいた武道の稽古に出席するようになり、とくに逮捕術の稽古を熱心にするようになった。

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棚ぼた

 竹さんが、巡回中に立ち寄った桜木町交番から出たとき、錦橋の上で若者が酔っ払いを殴り倒し、上着のポケットを探り始めた。酔っ払いは泥棒、泥棒とわめいている。竹さんは、スッと近付き若者の手を掴んだ。若者は必死で竹さんの手を振り払い、盗んだ紙幣を空中に投げ上げて脱兎の如く逃げ出した。竹さんは、生まれつき?のノロマのうえ、真冬の夜のため、防寒外套を着て米軍払い下げの脚半付きのドタ靴を履いている。一方若者は作業服に運動靴という軽装である。おまけに空中に投げられた紙幣がヒラヒラと舞っている。これも犯人の悪知恵なのだ。竹さんは交番の方に向かって「拾ってくれ」と叫んでドタドタと犯人を追いかけた。犯人はグングン遠ざかる。その格好がおかしかったらしく、夜の女達が笑い転げている。夢中で追いかける竹さんに恥かしいなんて気持ちはない。でも、犯人を見失ってしまい。疲れはてた竹さんは料亭の壁にもたれてハアハアと荒い息をしていた。ところが頭上の屋根からも荒い息が聞こえる。犯人は屋根にいる?竹さんは息をひそめた。犯人の息だけが聞こえる。犯人は、しばらく休んだあと、下の竹さんに気付かず、竹さんのそばに飛び降りたので、竹さんは組み付いて逮捕した。後日、ノロマの竹さんは強盗犯人スピード検挙?で警察本部長から表彰された。

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とんまなてがら

 竹さん達は泥棒を捕まえるのに夢中だった。このころの竹さんは、出勤前に朝早く自主警らをしていた。ある早朝、いつものように出勤前の警らをしていると、一人の男が古着屋の前で立ち止まった。竹さんは、何かすると直感してゴミ箱の陰に隠れて見ていると、その男は着ていた古ぼけた上着を脱いだ。その下はモーニングコートを着ている。それから男はつぎつぎと脱いでいき、なんと十二枚も着ていた。そして、またもとの古着を着た男は、脱いだ衣類をまとめて古着屋の戸をたたくと、戸が開いた。男は店の中に入った。しばらくして男が出てきた。ノロマな竹さんは、地理的状況からみて必ず交番の前を通ると考えて、そっと後をつけた。案の定、交番の前に近付いた。チャンス到来、「もし」と声をかけて交番に連れ込んだ。一筋縄にはいかないと思ったが、以外にも男は泥棒の事実を素直に白状した。ところが、これは予定の行動だったことがわかった。男は刑務所を出た日に三崎町の老夫婦の家に三人組で押込み、老夫婦を殺して金を奪い、捜査の裏をかき大胆にも逃げ場所を刑務所と決め、その日に東京で衣類を盗み、わざと捕まりやすい交番の近くの古着屋に売り、運よく?竹さんに捕まり、計画どおりまんまと刑務所に逃げ込んだのだ。一生懸命働いて殺人犯の計画を助けた?竹さんの手柄は、ただの泥棒検挙だった。 

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大泥棒の悪知恵に学ぶ

 悪い奴は大胆で頭もいい。あるとき、竹さんは本署から「大山一郎(仮名)という大泥棒が風太郎の中にいるから、見つけて連れてこい。」と命令された。その男は盗んだ品物を当時の国鉄チッキで桜木町駅に送り、その引換証を売っているとのことだ。手ぶらで歩けば職務質問はまず受けない。よく考えたものだ。竹さんは、とにかく風太郎の姿になって彼等の群れに入り込んだ。だが、写真のような本人を見分ける資料はなく、雲をつかむような仕事だ。親しい風太郎に『大山一郎知ってるか』と聞き歩いていると、一人の若者が、「あいつは長者橋の宿船にいるよ」と言ったので、その若者を連れて宿船に行った。若者が「大山一郎いるか」と聞くと、宿泊者は答えず、ポカンとしている。それからの竹さんは、その若者と毎日大山を探し歩いた。ある日、顔見知りの風太郎から「旦那、毎日大山と歩いているが何かあったかね?」と聞かれた。竹さんはガクッときた。なんと尋ねる大山は、その若者だったのだ。翌日、ヌケヌケと出てきた大山を捕まえたが、だまされた竹さんは、その後、青森を探すときは『四国はいないか』と聞き、いないと答えると、『お前の名前は』と聞く。「俺は青森だ」と答えると、『本当か?』と念を押してみる。「本当に青森だよ」と答えると、『お前に用がある』と連れてくるオトボケ捜査を覚えた。

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